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2009年4月13日 【シンガポール】
「シンガポールで老いるということ」

フランシス 陽子

 先月80歳になる私の義理父が他界した。義理父は大の医者好きで、自慢にはならないが、シンガポールにある有名な病院の殆どを義理父と一緒に回ったことが生前の一番の思い出である。


  シンガポールの医療体制はその質の高いことが有名で、近隣諸国は勿論のこと、世界各国から多くの患者が治療を目的にこの国を訪れている。シンガポールには「高級」と位置づけられるいくつかの医療機関があるが、そこで治療を受けているのは、シンガポール人はごく僅か。むしろアラブ諸国、インドネシア、中国等から来ている外国人である。最近は、景気がいいインド人の姿も見かけるようになった。不況の波を感じさせないくらい、いつも沢山の外国人でごった返している。ちなみに日本人向けには、日本人の医者によって、日本特有の医療体制に近い診療を受けられる機関がいくつかあり、そこは日本から来ている駐在員とその家族でごった返している。


  さて気になる医療費、日本で働いていた私には当時健康保険証があって、病院で支払っていたのは実費の半分以下だったが、ここにはそんな保険の制度はなく、何処に行っても常に自費である。シンガポール在住者対象に、政府で医療費の積立てを促している「メディセーフ」と呼ばれるシステムがあり、これは毎月給料等から天引され、政府の管理で本人の口座に積み立てられる。そして本人が病院にかかった時に、その状況に応じて医療費の一部をその積立てから払うことを許可される。日本に比べると個人にかかる医療費の負担は断然大きいが、例えばシンガポール人の高齢者や低所得者は、政府に補助を申請出来たりするのであまり心配はいらない。最近日本では高齢者に保険料の請求を始めたと聞いたが、ここで高齢者に何かしら請求することはまずないので、その点は安心である。


  義理父は、シンガポール内にいくつかある高齢者対象の医療施設に入院していて、私も毎日そこに通い、看護婦と共に父の面倒を看ていた。そんな中、新聞社から電話があり、私を取材したいと申し出て来た。ここの高齢者医療について、日本人である私から意見を聞きたいというのだ。私はワクワクしていたが、夫が勝手にその申し出を断ってしまった。理由を聞くと、「陽子は親父を医療施設に入れるのは反対だったわけで、そんな考えの古いお前が、今後のここの高齢者医療について語れるとは思わなかった」と言うのだ。


  シンガポールも、少子高齢化は日本同様切実な問題である。加えて、世代が変わり、この小さい国内でも親子別々に暮らしたり、親の面倒を看たがらない子供が増えて来ている。それでもここは自分の家で親の面倒を看てる人はまだまだ多い。お手伝いさんを雇って住み込みで面倒を看させれば、低費用で賄われるからである。高齢者対象の医療施設費用は正直まだまだ高く、施設数も少ない。加え施設の質自体も、日本のそれと比べると月とスッポンである。新聞で特集して、国民に呼びかけたい気持ちも解らないではない。


  加え、いわゆる「ソーシャルワーク」と呼ばれる、このような医療施設で働いたり、ボランティア的な仕事を希望する人がここはとっても少ない。先日ここで、不況の中でもかなり大規模に就職案内フェアーが催されたが、「ソーシャルワーク」と銘打った大きなブースには数人が訪れたに留まり、就職を希望した人も誰もいなかったと言うのだ。事態はかなり深刻である。


  食料に限らず、労働力等、殆どのものを外国からの「輸入」に頼っているこの国。高齢者医療に関しても、質のいい「Made in Japan」を輸入する日が、いつかやって来るのだろうか?

 




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