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2009年6月8日 【シンガポール】
「あこがれの国 前編」

フランシス 陽子

 3年程前だったろうか、シンガポールからニューデリーに向かうフライトの中で、一人のインド人と話し込んでしまったのを覚えている。


  彼はデリー近郊のグルガオンという産業地帯にある、車の内装に使う繊維製品を作る工場のオーナー。ちょうどシンガポールで顧客とのミーティングを終え、その帰路であった。


  私はデリーから260キロ程離れたジャイプールという町に行き、ジュエリー用の石を買い付ける為そのフライトに居合わせていた。彼は私の隣に座っていて、何やら分厚い本を熱心に読んでいた。


  私は値段交渉の為に学んだヒンズー語の本を読んでいた。機内食を食べ終わった頃だろうか、突然「すみません、あなた日本人ですか?」と、声をかけられた。「そうです」と答えると、突然彼の手にあった分厚い本を見せられ、「この人知っていますよね?」と。「リークアンユー」の大きな顔がそこにあった。リークアンユーはシンガポール初代総理大臣で、マレーシアから独立する時からずっとシンガポールの国の発展の為だけに全力を尽くした、当時の国民にとってはいわばヒーロー的存在。ちなみに現在は彼の息子が総理大臣についている。


  話は機内に戻り、日本人とリークアンユーがどう関係するのか、早速彼に聞いてみた。その分厚い本には、リー元首相がどうやってシンガポールを発展させたのか、どういう考えをもった人物なのか等詳しく書かれており、その内容に感銘を受けたのか、こう言った。「私、シンガポールはすばらしいと思うんです。ビジネスも大小規模関わらず安心して出来るし、全てがシステマチックでインドとは大違い。で、リーさんが一体どうやってそんなにすばらしい国を作り上げたのか知りたくて、今この本読んでいたら分かったんですよ!なんと彼は日本をお手本に国を作り上げたっていうじゃないですか。日本もやっぱりすばらしい国だったんですね!」


  そんな彼に何と答えたら良いか分からなかった。何故なら当の私が、そんな事を全く知らず、リーさんの国で暮らしていたからである。どこをどう参考にしたかなんて、まったく知りもしなかった。彼は、シンガポール在住の私からどんなにすばらしいコメントが出てくるか期待していたに違いない。とりあえず私は、話の矛先をリーさんからインドに移した。


  「私はインドが好きですし、インドも沢山の可能性を含んでいると思いますよ」と言ってみた。すると彼はこう答えた。「リーさんの本を読んで、会社の業績はマネージメントによると思ったんです。つまり、どんなに大きい工場があって、どんなに良いものを作っても、その作っている人の教育管理が行き届いていなかったり、その工場や物流のシステムがきちんとしていないと、全然だめってことですよ。私の工場もビジネスも大きいんですけど、インドでそのマネージメントをやろうとすると、それは不可能に近い。難しいですね。。」


  それから色々話して分かったのが、インドでは例えば宗教、カースト、文化、暮らし方等、あらゆるハードルを乗り超えなければ、日本やシンガポールのようなマネージメントを実現させるのには非常に難しい、ということだった。


   先日、日本の母が、日本の某自動車メーカーがインドのメーカーと共同して自動車作りを始めるにあたり、日本の社長がインドに赴いて、現地スタッフのカースト制度から来る考えを一掃するのに努力された、という話を新聞で読んだ、と教えてくれた。正直、ちょっと困惑した。日本の社長が言う事はもっともである。しかし、インド人にとって、宗教やカーストの問題がいかにデリケートなものか、それも現実問題として念頭に置くべきではないか、と私は考える。


  時代は変わったとは言え、現実、私のヒンズー語の先生であるインド人女性は、未だ残るカーストの問題を口にし、カーストがヒンズー教徒内での差別問題ならば、インドでは宗教や貧富の違いによる差別だって大問題である。


  我が家はキリスト教だが、インド各地にいる親戚からは、日々様々な問題がライブで入ってくる。


(後編につづく)


 




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