アジアブログ

 

 
 

2010年3月31日
交通インフラの充実は産業発展の礎

ブレインワークスグループ CEO 
近藤 昇



先日、当社のベトナム拠点ホーチミンから、 神戸の夜景を見せに、幹部社員を連れて行った。 仕事で短期来日したついでに、日本を実感してもらうためだったが、 他にも京都の桜などを満喫し、彼女はベトナムの帰路に着いた。 後日、本人からは「夢のような世界でした。感動の連続でした」との感想。 やはり、日本人にとっても、格別である桜は、世界中の誰が見ても感動する対象なのだろう。 実は、私も本格的な夜景を見に行ったのは、大学生以来、 実に30年ぶりのことで、改めて日本の観光地の美しさには感動した次第だ。 観光ガイドによると、この神戸の摩耶山から見える夜景は、日本三大夜景とのこと。 他の夜景を見たことがないので、比べようがないが、確かに絶景だった。 気温も0℃と、急に冷え込んだことも重なり、いっそう美しさを増したのだろう。




 

 


そんな感動に浸りながらも、 ビジネス世界にどっぷり浸かっている私としては、同時に、別の考えも頭をよぎった。 夜景の美しさとは、人間社会にとってどんな意味を持つのだろうか?と。 ちょっと大げさにいえば、常に利か害か、善か悪かの議論をも引き起こしてしまうテーマだと思う。 もちろん、夜景の美しさは、自然が織り成す景観であるというのが前提条件である。 しかし、夜景は自然だけで作られているわけではない。 夜に明るいということは、つまり、煌々と輝く人工の光が存在するということ。 しかも、美しい夜景ほど、その「光」の数は膨大であろう。 街や港、道路、車のライトなど至る所が明るい。ということは… それだけの電気を消費しているという結論にたどり着く。 見方によれば、明らかに浪費だといえる。




 
 



以前、地球全体が夜に包まれた状態に加工された写真を見たことがある。 現実には、世界中が同時に夜を迎えることはないが、その地球の写真を見ると、衝撃を受ける。 あの小さい小さい日本が、世界の中で一番光り輝いているのだ。 東京、大阪なら分かるが、私の出身地の徳島でさえ、光り輝いていた。 ホーチミンのそれと比べてみても、徳島が断然明るい。 とても、人口約800万人のホーチミンと人口約20万人程度の徳島との差だとは思えない。






 


人間が生活に必要な電力を使うことは自然だ。 しかし、この2箇所の違いを見るだけで、資源の公平な使用という意味でも、相当な違和感を覚える。 仮に、発展目まぐるしいホーチミンの今の夜景が、徳島の明るさに追いついた時、 地球全体でどういうことが起こるのか?想像すると恐ろしくなる。




 
 

 


今後、人類は一体どれだけの電力を消費するのだろうか。 もっといえば、世界の新興国の主要都市が、東京の明るさに近づく日は来るのだろうか? 様々な問題を抱えた地球で、地球資源の活用については、 常に、先進国と途上国は対立する。 水資源、食料問題、地球温暖化の問題など、対立の構図は大抵、同じだ。 先進国が勝手に今まで好きなことをしておいて、地球が悲鳴をあげているから、 途上国には「我慢しなさい」と。これでは、平和な共存など成立しない。 話は戻るが、新興国、途上国の産業の発展や生活環境の向上に、電力は欠かせない。 今も世界のいたるところで、電力の安定供給を求めて、四苦八苦している。 一方、先進国では、観光としては夜景を楽しむ価値はあるだろうが、誰が考えても電気の無駄使い。 そろそろ、人工的な「光」を楽しむ時代は終りにしないといけないのかもしれない。




 


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